
「スパルタ」と聞けば、多くの人が屈強な男たちの厳しい訓練を思い浮かべるだろう。しかし、その最強国家には、われわれの想像を絶するほど強靭な精神と肉体を持ったスパルタ人女性の存在があった。
裸での訓練、略奪による結婚、さらには一妻多夫制や国家のための子作りまで。彼女たちは単に子を産む存在ではなく、国家を支える最強の市民であった。男に負けないスパルタ人の女性に新たなスパルタの面白さがある。
もくじ
裸で訓練?スパルタ人女性の教育法

スパルタ人の女性教育は、他のギリシャのポリス(都市国家)とは一線を画していた。彼女たちはただ家事をするのではなく、男性と同じように体を鍛えることを義務付けられていた。この制度を確立したのが、伝説的な立法者リュクルゴスである。
プルタルコスによると、リュクルゴスが目指したのは、「思慮ある女性」を育成することであった。そのための手段は、徹底した肉体の訓練によるものであると考えていた。
競走、レスリング、槍投げ : 心身を鍛える目的
スパルタの娘たちは、いわゆる「女っぽさ」をすべて捨て去ることが求められた。彼女たちは日常的に、次のような訓練を行った。
- 競走
- レスリング
- 円盤投げ
- 槍投げ
これらの訓練の目的は、健康で強い子供を産むための母体作り。強い母親の胎内でこそ、子は強く育ちそして母親自身も、出産に耐えうる体力をつけることができると考えられていた。陣痛に苦しむことなく、立派に出産を乗り越えること。それもまた、スパルタ人の女性に課せられた重要な使命であった。
男性の前で裸に : 羞恥心を超えた徳と名誉心
これらの訓練や神殿への行進を、若い男性たちが見ている前で裸で行っていた。
現代の感覚では理解しがたいこの習慣も、スパルタ人にとっては合理的な意味を持つ。リュクルゴスは、この習慣によって女性たちに簡素な生活を慣れさせ、互いに健康を競わせようとした。
重要なのは、彼女たちに自尊心があり、裸になることは何ら恥ずかしいことではない、と考えられていた点。むしろ、この経験を通じて、女性は男性に劣らない徳や名誉心があるのだと自覚する機会を得た。
失敗すればブーイング:賞賛とヤジ
スパルタ人の女性は、男たちが失敗すればヤジをとばして冷やかした。これにはふざけやからかいが含まれ、真面目な忠告よりも、メンタルをやられたという。逆に、勇敢な行いに対しては公の場で賛歌を歌い、ほめ称えた。
ヤジを飛ばすことで彼らに恥を与え、行動を改めさせる狙いがあった。また勇敢な者には賛歌で称えることで、名誉心とやる気を沸き立たせた。こうしたアメとムチを使い分けて、男たちをスパルタが求める理想の戦士へと導いた。
夫は略奪婚で!スパルタの奇妙な結婚制度

スパルタの結婚は、一般的な恋愛や家同士の合意ではなく「略奪」によって行われていた。これもまたリュクルゴスが定めた独自の制度。
女性を「略奪」する結婚の儀式
結婚の対象となるのは幼い少女ではなく、心身ともに成熟した女性に限られた。男は意中の女性を「略奪」し、結婚が成立する。
しかし、これは単なる暴力行為ではない。定められた儀式の一部でだった。略奪された女性は、「花嫁付き添い」と呼ばれる女性に引き取られ、次のような準備が施された。
- 頭をすっかりと剃り上げる。
- 男物の服を着せ、サンダルを履かせる。
- 明かりのない部屋の床に一人で寝かせる。
密会のような夫婦生活
こうして男と女は寝床を共にする。しかし、そこで過ごす時間は決して長くない。事が終わると、彼はすぐに身なりを整え、仲間たちが寝ている兵舎へと戻っていった。
この奇妙な夫婦生活は、その後も続く。2人は昼間はそれぞれの仲間と過ごし、夜も兵舎で寝るのが常だった。2人は家のものに気づかれないよう、用心深くこっそりと会っていた。
この密会生活は短期間ではなく、子供が生まれるまで、昼間にいる妻の顔を見たことがないという男性もいたほど異常なものだった。
なぜこのような制度が?|合理性を重視した3つの理由
リュクルゴスがこのような奇妙な結婚制度を設けたのには、明確な狙いがあった。
- 自制心と節制の鍛錬:会いたい気持ちを抑え、密かに会うという制約が、若者たちの精神を鍛えるとされた。
- 子作りに適した体の維持:常に新鮮な気持ちで交わることで、より健康な子が生まれると信じられていた。
- 夫婦間の愛情を常に新鮮に保つ:いつでも自由に会える関係では、飽きや倦怠が生じやすい。しかし、夫婦は会うことが制限されることで、お互いへの憧れや愛情が薄れることなく、常に新鮮な関係を保つことができたのである。
スパルタ人女性の子作り:一妻多夫制

結婚制度と同様に、スパルタの子作りに関する価値観もまた、現代人の常識からはかけ離れている。彼らは、個人の感情である「嫉妬」を愚かなものとして退け、国家にとって最良の子孫を残すことを最優先した。また、兄弟が同じ女性を妻にするというケースもあった。これは、家の財産を分散させないための工夫であったとも考えられている。
優れた子孫を残すための「共同の子作り」
リュクルゴスは、立派な人間同士が子作りを共有することは良いことであり、逆にそれを独占しようとして争うのは愚かだと考えた。
例えば年配の男性が若い妻を持ち、彼が人格や肉体に優れた若者を見つければ、その若者を妻の元へ迎え入れることができた。その若者によって妻が身ごもった子は、夫の実子として育てられたという。
逆にある男性が、他人の妻が良い子供に恵まれていると知り、その夫の同意を得られれば、彼女との間に子供を作ることが認められた。
子供は私物ではなく国家の共有財産
これらの慣習の根底にあるのは、「子供は父親の私物ではなく、国家共有のものである」という、リュクルゴスの信念。
だからこそ、市民は最も優れた人間から生まれるべきだと考えた。愚かな親や病弱な親よりも、優れた親から生まれた子もまた優れたに人になる。この優生思想的な考え方が、スパルタでは国家の常識になっていた。
後の時代、こうした慣習はスパルタ人女性の「体裁の悪さ」の証拠として語られることもあった。しかし当のスパルタ人は、これはあくまで国家の繁栄を目的とした合理的な制度であり、彼らの間では不倫という概念が、到底信じられないものであったとプルタルコスは記している。
格言にみるスパルタ人女性の壮絶な覚悟

アイリアノスやプルタルコスが残した書物には、彼女たちの生々しい態度が見える。「臆病者のレッテルを貼られるくらいなら、死を選べ」という息子に対する行き過ぎた思想がにじみ出ている。息子を戦場へ送り出す母の言葉や、戦死の知らせを受けたときの行動は、現代では常軌を逸している。
戦死した息子の傷を確認する母親たち
母親はわが子の遺体を目にした時、嘆き悲しむのではなく、遺体の傷を調べたという。
彼女たちが確認したのは、体にあるキズの前面(腹)と背面(背中)。
- 前面の傷が多い場合: 敵に背を向けることなく、勇敢に戦った証。母親は誇らしげな表情を浮かべ、息子の遺体を祖先代々の墓へと運んだ。
- 背面の傷が多い場合: 敵に背を向けて逃げた臆病者の証。母親は恥じ、人目を避けるようにしてその場を立ち去った。遺体は共同墓地に葬られるか、あるいは誰にも知られぬよう、ひっそりと自宅の墓地に運ばれた。
母親は息子の死よりも、その死に方に重きをおいた。国家のために勇敢に戦って死ぬことは最高の栄誉であり、臆病に生き永らえることは最大の恥だからだ。
当時の母親たちが息子に放った言葉
- レオニダスの妻ゴルゴの有名な言葉: ある時、アテナイから来たと思われる外国の女性が、ゴルゴにこう尋ねた。「あなた方スパルタのご婦人だけが、男たちを支配しておいでですのね」これに対しゴルゴは「男たちを生むのは、私たち女だけですから」といった。
- 臆病な息子を殺した母: ある女性は、軍務を放棄した息子を「祖国にふさわしくない」として殺し、「私の息子ではない」と言い放った。また彼女を讃える碑文には 「悪い息子よ、暗い闇をとおって去って行け。その憎悪のゆえにエウロタス川(スパルタを流れる川)は、臆病な鹿たちのためにも流れはしまい。この役立たずの犬ころ、碌でなしめ、さっさと地獄へ行ってしまえ。私はスパルタの役に立たない息子を産んだ覚えなどない」と刻まれていた。
- 息子の戦死を聞いた母: また別の女性は、息子の戦死の知らせに、こう言った。 「臆病者たちは嘆かれるのがふさわしい。だが私は、息子よ、私の子であるとともにスパルタの子でもあるお前を、涙を流さずに埋葬するよ」
- 逃げ帰った息子への手紙: 敵から逃れて帰ってきた息子について悪い噂が広まると、ある母親は息子に短い手紙を書いた。 「お前について悪い噂が広まっている。いますぐこの噂を取り除くか、生命を絶ちなさい」
- 逃亡してきた息子たちへの叱責: 息子たちが戦闘から逃げて戻ってきた時、ある母親は彼らの前に立ち、自らの衣服をまくり上げて陰部を示し、こう言い放った。 「お前たち下劣な悪漢め、どこへ逃げて行くのか。それともお前らが生まれ出て来たここにこっそり入り込もうというのか」
これらのエピソードは、現代の母のイメージとはあまりにもかけ離れ、もはや戦闘民族のそれ。しかし、これこそが「スパルタの母」なのかもしれない。
まとめ:スパルタ人女性は最強だった!

これまで見てきたように、スパルタ人 女性の生涯は、現実離れした厳しさがある。
- 裸でのレスリングや槍投げによって心身を鍛え、強い子を産むための「器」となることを求められた。
- 結婚は「略奪」によって始まり、夫婦は昼間会うことさえ許されない奇妙な生活を送った。
- 一妻多夫制や、優れた子孫を残すための「共同の子作り」さえ認められていた。
- そして母としては、息子の臆病な生還を許さず、その戦死を誇りとする壮絶な国家への忠誠心を示した。
女性の身分が低かった他のポリスとは対照的に、スパルタでは女性にも平等な権利が与えられていた。最強の兵士を産み、育てるという役割こそが彼女たちの権威性を高めた。
息子に対し非常な言葉を浴びせていたが、その本心は息子が生きて帰ってきて安堵していたはずだ。しかし、スパルタの規律に反するため、葛藤があったと思う。
彼女たちは国を機能させるための最も重要な歯車であった。その生涯は、現代の価値観では到底測れない、非常なものだった。しかし、このスパルタ人の女性たちの存在なくして、最強のスパルタ兵士は生まれず、軍事国家はなかっただろう。