スパルタ

【スパルタにおける3つの社会構造】ヘイロータイとペリオイコイについて

2025年7月15日

この記事ではスパルタのヘイロータイとペリオイコイについて解説する。

この記事のポイント

  • スパルタを支えた奴隷たち
  • ヘイロータイとペリオイコイの違い
  • 奴隷の役割

スパルタの市民は労働が禁止され、徹底的に軍事教育に時間を費やした。
つまり働かずにひたすら戦闘のために鍛えていた。


最強の軍事国家には、市民ではない「ヘイロータイ」と「ペリオイコイ」の存在が不可欠だった。
彼らがいたからこそ、「労働する者鍛えるべからず」のスパルタが完成した。
この記事を読むことで彼らがいかなる役割を担い、どのような生活を送っていたのかがわかる。

スパルタの成り立ちとヘイロータイの確保

スパルタの階級

この章では背景知識としてスパルタ人とヘイロータイ、ペリオイコイの生まれた過程を解説する。

スパルタの形成

紀元前10世紀ごろ、ドーリア人がペロポネソス半島南部ラコニア地方に南下し、アカイア人を征服した。

ドーリア人は自らをラケダイモン人と名乗り、のちにスパルタとなるポリス(都市国家)を建設する。

征服されたアカイア人はヘイロータイ(農奴)やペリオイコイ(半自由民)の階級に分けられた。
こうしてスパルタに階級制度が生まれた。

メッセニア戦争とヘイロータイの増大

スパルタはさらなる領土拡大を目指し、前8世紀に隣国のメッセニアへ侵攻。
スパルタとメッセニアによる第一次メッセニア戦争が勃発し、スパルタは勝利する。


多くの土地とメッセニア人を獲得し彼らをヘイロータイやペリオイコイとした。
しかし支配下に置かれたメッセニア人たちは、反乱を起こす。


前7世紀の第二次メッセニア戦争、前5世紀の第三次メッセニア戦争と、大規模な反乱がくり返された。

スパルタ市民の数をはるかに上回るヘイロータイの存在は、常にスパルタにとって脅威でありつづけた。


このヘイロータイの反乱に備えるため、前7世紀~前6世紀にリュクルゴスの立法(いわゆるスパルタ教育)が導入された。

スパルタ市民に貢ぐヘイロータイ

降伏するヘイロータイ

ヘイロータイの反乱によりスパルタは彼らの数を一定数に保つため、締め付けを強化した。


彼らは市民のために耕作し、食物を献上しなければならなかった。
そしてヘイロータイは戦争に従軍させられ、密かに抹殺されていた。

国家の所有物

ヘイロータイは個人ではなく国家が所有する農奴。そのため、アテナイのように個人間で売買されることはなかった。


彼らはスパルタ市民に土地ごと与えられ、その土地を耕作することが主な仕事であった。
また彼らには重いノルマが課せられていた。

プルタルコスとパウサニアス

  • プルタルコスの記録
    男性の主人のために年間70メディムノイ(約3,770リットル)の大麦、女性の主人のために12メディムノイ(約580リットル)の大麦、さらにそれに見合う量のぶどう酒やオリーブ油を納めなければならなかった。
  • パウサニアスの記録
    「重い荷を負わされたロバのように、収穫した果実の半分を主人に持ち帰っていた」と記述されている。

しかし定められた量を納めれば、残りの収穫物は自分のものにすることができた。
中には富を蓄えるものも現れ、自分の船を所有する裕福なヘイロータイもいたという。

前223年ごろ、6,000人ものヘイロータイが1人あたり500ドラクマを支払い自由を買い取ったという記録がある。
これは当時としてはかなりの額だった。

戦士として

進軍するブラシダス

スパルタ市民とは常に敵対していたが戦争においては、彼らへの扱いはよくなったと考えられている。
彼らは陸では軽装歩兵、海では船の漕ぎ手として戦争に貢献した。


とくに有名なのが前424年のできごと。
名将ブラシダスに率いられた700人のヘイロータイは、トラキア地方での戦いで目覚ましい活躍をみせた。
その勇気と忠誠心に彼ら全員をペリオイコイとした。

抹殺されたヘイロータイ

アリストテレスは、ヘイロータイを「スパルタ人の破滅を常に待ち伏せしている敵」と評した。
その言葉通り、スパルタ市民は常にヘイロータイの反乱を恐れていた。


ヘロドトスによるとテルモピュライの戦いでは、スパルタ兵1人につき7人ものヘイロータイが付き従っていたとされ、その人口は推定17万人~22万人にも上ったという。
これはスパルタ市民の数を圧倒的に上回る。

スパルタはヘイロータイの数を調整するため、徹底的に管理し弾圧した。

ヘイロータイの殺害

  • エフォロスによる宣戦布告
    スパルタのエフォロス(監督官)は、毎年就任するとヘイロータイに対して宣戦布告を行った。これによりスパルタ市民は宗教的な罪の意識を感じることなく、合法的にヘイロータイを殺害できた。
  • クリプテイア(秘密警察)
    スパルタ教育の最終段階にある若者たちは夜間に身をひそめ、ヘイロータイを見つけて殺害する任務を与えられた。これは恐怖による支配の一環であった。
  • 2,000人の虐殺事件
    トゥキュディデスによるとスパルタは「敵に対して最も功績を挙げた者に自由を与える」とし、名乗り出た約2,000人のヘイロータイを選びだした。彼らは自由を祝って神殿を巡ったがその直後、姿を消した。スパルタが反乱の首謀者になりかねない勇敢な者たちを計画的に抹殺したのである。

スパルタの歴史は、まさにスパルタ市民とヘイロータイとの階級闘争の歴史ともいえる。

スパルタ市民は鍛え、ペリオイコイは働く

農業を営む奴隷のツボ絵

ペリオイコイはヘイロータイと違い独自のポリスを築いていた。
スパルタ市民は外交や商売が禁止されていたため、貿易など経済活動に従事した。


また戦争が起こった際には重装歩兵としてファランクスの一員にもなった。

スパルタの中流階級ペリオイコイ

「ペリオイコイ」とは、「周囲に住む人々」を意味する言葉で、スパルタ市民が住む中心地の周辺に居住していた。


市民権を持たず、スパルタの国政に参加できないがヘイロータイとは違い「半自由民」であった。


また市民と同じく、彼らもヘイロータイを所有することがあったという。
彼らはスパルタの支配下にあったが独自のポリスを形成し、自治権を認められていた。


スパルタに対して敵対的ではなく、市民とペリオイコイは合わせて「ラケダイモン人」と総称こともあった。

スパルタ経済の担い手

経済活動や生産などはすべてペリオイコイが行った。
スパルタ市民は金儲けが禁じられていたため、彼らはスパルタの経済を動かす中心的な役割を担っていた。

スパルタの法律

  • 商業・事業の統括
  • 工芸・製造業
  • 武器・防具の製造

スパルタ兵が使う武器や防具も、ペリオイコイによって作られていたと考えられている。

重装歩兵としての貢献

戦争が起これば、スパルタ市民と共に重装歩兵として戦場に赴いた。


重装歩兵は、密集隊形(ファランクス)を組んで戦う兵士であり、厳しいが訓練が必要とされた。
ペリオイコイがスパルタ軍の重要な戦力であったことがうかがえる。

まとめ:ヘイロータイは道具・ペリオイコイは労働者

この記事ではペリオイコイとヘイロータイについて解説した。両者の特徴は次の通り。

ヘイロータイ

  • 国家が所有する農奴
  • 主に土地を耕作していた
  • 市民との関係は悪い
  • 反乱を起こしては抑制されていた
  • 人権はなく市民に殺害された

ペリオイコイ

  • 半自由民
  • 市民権を持たないが独自のポリスを持つ
  • 武具の製造を行う
  • スパルタの経済と軍事を支えた。

スパルタは少数の市民が多くの下層をかかえる、不安定な構造の上に成りたっていた。


大量の農奴をしたがえたことで兵士は訓練に専念し、最強の軍事国家を築くことができた。


しかし増えすぎた農奴を殺害、反乱の抑制など農奴との戦いがスパルタに影を落とすことになる。

-スパルタ