
この記事では映画『トロイ』と『イリアス』におけるアキレウスの違いを解説する。
この記事のポイント
- トロイア戦争前のアキレウス
- アキレウスvsヘクトルの真相
- アキレウスとトロイの木馬
- アキレウスの最期
- ブラット・ピットの舞台裏
映画『トロイ』とギリシャ神話のアキレウスはどこまでが実話なのか、『イリアス』との比較する。アキレウスの怒りから、最期のシーンまで、2つには明確な違いがある。
またブラット・ピットが演じた舞台裏まで、13の相違点を解説する。
もくじ
映画『トロイ』とは異なるアキレウスの怒り

怒りを歌え、女神よ、ペレウスの子アキレウスの――アカイア勢に数知れぬ苦難をもたらし、あまた勇士らの猛き魂を冥府の王に投げ与え、その亡骸は群がる野犬野鳥の啖うにまかせたかの呪うべき怒りを。
ホメロス『イリアス』(上) 一歌 松平千秋 訳
映画『トロイ』において、アガメムノンにブリセイスを奪われたアキレウスの怒りは、『イリアス』と明確な相違がある。最大の相違点は大きく2点ある。
1つめは、ブリセイスの位置づけ。『イリアス』では戦士としての名誉である「戦利品」としての側面が強い。当時の戦士たちのあいだでは、戦利品は周囲から認められた証。
それを奪われることは自分の地位を失うことと同じだった。しかし、映画では捕虜であるブリセイスに対する個人の「恋愛感情」が怒りの動機として描かれている。
2つめは、調停者の違い。『イリアス』においてアキレウスに待ったをかけるのは、背後から髪を掴む女神アテナ。
一方、映画において神が介入するシーンはなく、ブリセイスの言葉によってアキレウスは自ら剣を収める。
このように、『イリアス』の怒りは神の介入と戦士の評価であるのに対し、映画『トロイ』は神の要素を排除し、個人の感情による「人間ドラマ」としてアキレウスを描いている。
映画『トロイ』でアキレウスを説得するオデュッセウス

オデュッセウスが戦争に加わるようアキレウスに持ちかける。「アガメムノンではなくギリシャのために戦え、お前の名は永遠に語りつがれる」と説得し、アキレウスはトロイア戦争に加わる。
映画だとアキレウスはあっさりと説得され、栄誉のためにギリシャ軍へと参加する。しかし、神話では複雑になっている。
アキレウスは女装して身を隠しており、それをオデュッセウスに見破られ、意図せずトロイア戦争へ参戦する。
アキレウスが9歳のとき母テティスは「トロイに向かうと子が死ぬ」という予知をした。そこでスキュロス島の王リュコメデスのもとへ行くよう勧めた。
王はアキレウスを女装させ、女たちの中へ紛れ込ませた。そこへアキレウスを勧誘にきたオデュッセウスは女性向けの贈り物を並べ、その中に盾、兜、ヤリを置いた。
同時にあたかも戦争が起こっているかのようにラッパを吹き鳴らし、武器をぶつかり合わせた。
するとアキレウスは敵の襲来だと思い込み、女の衣装を引き裂き、武器をとった。こうして彼の正体がバレ、トロイア戦争に参加することになった。
『女神のお子よ! トロイアの城は、落ちるさだめだが、あなたの行くまではもちこたえるのだ。強大なトロイアをくつがえすことを、どうしてためらおうというのか?』
オウィディウス『変身物語』(下) 一三巻 中村 善也 訳
映画『トロイ』でアキレウスに告げられた母テティスの予言

母テティスはトロイに行けば故郷のラリサには戻れないと予言した。また作中には描かれていない予言が神話にあった。
主な内容は以下の2点。
アキレウスの故郷
テティスはアキレウスが生まれる前からトロイに行くと知っており、トロイに向かえばラリサへ戻ることはできないと予言した。
アキレウスはトロイに行く前に母から2つの予言を告げられる。
映画『トロイ』と異なる点は、ラリサではなくテッサリアの南部にある「プティア」が故郷。
『イリアス』における「ラリサ」は、トロイ側に加勢するペラスゴイの土地である。
またオウィディウスの『変身物語』には「ラリサのアキレウス」という異名がつけられている。おそらく、テッサリアの大都市の名が「ラリサ」であったことに由来したと思われる。
アキレウスの母テティスによる予言
他にもテティスはトロイの地に最初に上陸したものは死ぬと警告している。しかし映画ではこのシーンは描かれず、アキレウスがトロイの地にはじめて上陸し、敵を討ち取る。
叙事詩『キュプリア』によると、トロイにはじめて上陸したのはプロテシラオスという人物。彼はトロイ兵を何人か討ち取ったあと、ヘクトルにより倒されている。
映画『トロイ』で起きたアキレウスとヘクトルの対面

アキレウスの部隊がアイアスの援軍も加わり最初にトロイの浜辺に到着。アポロン神殿を占拠した。ヘクトルの部隊が駆けつけ、アキレウスと初対面する。
アキレウスの部隊はアポロン神殿にひそみ、入ってきたヘクトル以外を全滅させた。倒せたはずのヘクトルを生かして返し、その後、一騎打ちまで2人が対面することはない。
神話ではヘクトルとアキレウスの出会いは10年後になる。先述の通り、プロテシラオスの死後、アキレウスはトロイに上陸しヘクトルを探す。
しかしポセイドンの子キュクノスと対面し戦うことになる。
アキレウスは剣やヤリで攻撃するが、神の加護によりキュクノスは、キズを負うことはなかった。
そこでアキレウスはキュクノスを押さえつけ、兜の紐で首を締めて窒息死させた。
映画『トロイ』でアキレウスの武具をまとうパトロクロス

パトロクロスはアキレウスの許可なく彼の防具をまとい、トロイ軍と戦った。
しかし、イリアスではアキレウスがパトロクロスに防具を与え、戦うことを許可している。アキレウスはパトロクロスに以下のようにことばをかけ、背中を押している。
「立て、ゼウスの裔にして馬を駆るパトロクロスよ、船の辺りで燃え盛る火が見える。 船を奪われ、われらの逃れる道がなくなるようなことになってはならぬ。急ぎ武具をつけよ、兵はわたしが集める。」
ホメロス『イリアス』一六歌 松平 千秋 訳
映画『トロイ』で観るアキレウスvsヘクトルの一騎打ち

アキレウスvsヘクトルの一騎打ちまでの経緯は大きく異なる。武具の調達からヘクトルの逃走劇、そして神々の介入による最終的な決着までを解説する。
具体的には以下の3点。
奪われたアキレウスの鎧
アキレウスはパトロクロスを討たれた復讐のため、武具を整える。同じくしてヘクトルも一騎打ちに備え支度をする。
しかし、神話だとアキレウスの防具はパトロクロスが倒れたとき、ヘクトルに奪われている。
そこで息子を案じたテティスがヘパイストスに防具の作成を依頼する。ヘパイストスはこれを承諾し、アキレウスに手渡す。
ヘクトルはアキレウスの武具を、アキレウスはヘパイストスが作った神の武具を身につけ一騎打ちとなる。
ヘクトルを追う「足速きアキレウス」
映画では、アキレウスは馬を引き、単身でトロイアの門へと現れる。ヘクトルの名を呼び一騎打ちが始まり、ヘクトルが敗者の弔いを要求するが、アキレウスはこれを拒否。
終始アキレウスが優勢であり、疲れ果てたヘクトルの鎖骨に槍を突き刺し、最後に心臓へ剣を突き刺して命を奪う。
一方、原典の神話では、アキレウスは走って門へ突進してくる。その姿を見たヘクトルは恐れ、トロイの城壁を3周にわたって逃亡した。
それを見るやヘクトルは震えにとりつかれ、もはやその場に留まる勇気も消え失せ、背後にある門を離れて逃げにかかれば、ペレウスの子は駿足を恃んで襲いかかったがそのさまは、山中、鳥の中でも最も敏捷な鷹が、気弱な鳩を身も軽々と追うかのよう、鳩はその前を逃れてゆくが、こちらは鋭い啼き声をあげて幾度も近くから襲いかかり、なんとしても捕えんと逸(はや)り立つ。
ホメロス『イリアス』二十二歌 松平 千秋 訳
ペレウスの子とは
アキレウスのこと。ペレウスはアキレウスの父でプティアの王。
これを見かねたゼウスが黄金の天秤に両者の死の運命を載せて量った。するとヘクトルの器が下がり、彼を庇護していたアポロンも立ち去った。
その後、女神アテナがアキレウスに追撃を休めるよう告げた。アテナはヘクトルの兄弟デイポボスに姿を変えヘクトルに一騎打ちをするよう説得する。
アキレウスとヘクトルの一騎打ち
ヘクトルは逃げるのをやめ、アキレウスとの対決を決意する。映画と同じく死後の弔いを要求するが、アキレウスに拒否される。
ヘクトルが放った槍はアキレウスの盾に弾かれる。武器を失ったヘクトルは、傍らにいる兄弟デイポボスにヤリを求めるが、その姿はなかった。
これは女神アテナの仕業で、ゼウスやアポロンの加護も失われたことをヘクトルは悟った。
ヘクトルが最後の太刀を振るって突撃したとき、アキレウスは向かってくるヘクトルの鎖骨をヤリで突き、首を貫いて致命傷を与えた。
ヘクトルは死の間際に、パリスとアポロンによりスカイア門で討ち取られることを予言し、息を引きとった。
映画『トロイ』の終盤:パリスの矢によるアキレウスの最期

トロイの木馬の伝承と、パリスとアポロンによる致命傷の経緯について解説する。
具体的には以下の2点。
アキレウスとトロイの木馬
アキレウスを乗せたギリシャ軍がトロイの木馬に乗り、トロイに夜襲をかけるシーン。
アキレウスはこのときすでに死んでいる。また、『イリアス』には木馬の計略やアキレウスの死は描かれていない。
アキレウスの死因はパリスとアポロンの矢
映画ではブリセイスをアキレウスが助けようとしていた。しかしパリスの誤りにより最初にアキレス腱を、そして胸に数発、矢で射抜かれアキレウスは倒れる。
ギリシャ神話だと、パリスに憑依したアポロンがアキレウスの「アキレス腱」を射抜き倒している。アキレウスはトロイ兵を城門へ敵を追い詰めた。
怒ったアポロンがアキレウスにトロイから引くことを警告。しかしアキレウスはそれを無視し、トロイ兵を追い立てた。
アポロンは、ギリシャ兵に向けて矢を放つパリスの前に姿を現しこういった。
どうしてそんなことをする? 卑しい兵卒どもの血を流すのは、矢の無駄使いというものだ。少しでも身内のものを大切におもう心があるのなら、目ざす相手はアキレウスだ! 殺された兄弟たちの仇をとるのだ!
オウィディウス『変身物語』(下) 一二巻 中村 善也 訳
こういうとアポロンはパリスの矢を彼のアキレス腱に誘導し、射抜いた。こうしてヘクトルの予言通り、スカイア門でパリスとアポロンによりアキレウスは息を引き取った。
映画『トロイ』にみるアキレウスの強さ

神話ではアキレウス個人に向けられた強さが際立つ。一方、映画では仲間と連携し戦術的な才能を見せている。
『イリアス』におけるアキレウスは単独でのシーンが多く、敵を相手にするときは「一体多」か「一騎打ち」によって描かれている。
ゼウスの血を享けた勇士は、槍は堤に生えた檉柳(ぎょりゅう)の茂みに立てかけてその場に残し、 太刀のみを持って鬼神の如く河中に躍り込むと、無残な仕業を胸に描きつつ、当るを幸い薙ぎ倒す。
ホメロス『イリアス』二十一歌 松平 千秋 訳
一方、映画におけるアキレウスは指揮官として戦術を駆使するシーンもある。
『イリアス』では個人的な戦闘に対し、映画では武術だけでなく、戦術の才能をもつアキレウスも描いている。
映画『トロイ』のアキレウスとブラッド ピット

映画ではブラッド・ピットが演じたアキレウスの容姿は30代くらいに見える。しかし神話ではオデュッセウスが迎えに行ったとき、アキレウスの年齢は15歳だった。
また当時のブラッド・ピットの年齢は40歳で、6か月のあいだ肉体改造を行い、アキレウスの英雄像を再現した。また、神話におけるアキレウスは美青年として有名。
ブラッド・ピットは当時『セブン』や『ジョー・ブラックをよろしく』『ファイト・クラブ』でブレイクし、全盛期を迎えていた。
神話が伝える美青年のイメージを体現する最適な配役であった。
映画『トロイ』のアキレウスは神の子なのか?

結論、制作陣はアキレウスが神の子ではないと明言している。ウォルフガング・ペーターゼン監督は神話の要素を排除したとインタビューで答えている。
そのため、作中に神々の登場シーンはない。アキレウスが神の子のように見えるのは、超人的な武勇によるもの。周囲からは伝説的に語られているが、設定上はあくまで1人の人間。
しかし、劇中には、人間としての設定と神話的な要素を示す以下の4つの要素がある。
本作のアキレウスは、人間の母テティスから生まれた一人の人間という設定だが、その実態は「神の子」を思わせるキャラクター像が見える。
映画『トロイ』におけるアキレウスの実話まとめ
この記事では、映画『トロイ』と『イリアス』におけるアキレウスの違いについて解説した。重要なポイントは、以下の13点。