この記事では、ストア派の第2代学頭である哲学者クレアンテスについて解説する。

この記事のポイント
- 極貧の元ボクサーからストア派の頂点へ登り詰めた軌跡
- 昼は哲学、夜は水汲みという「二重生活」の驚きの効果
- 孤独や不安を消す「偉人を心に宿す」究極のアドバイス
クレアンテスの思想は、他者の評価に振り回されず「自らの運命を引き受ける」実践哲学。所持金4ドラクマの貧しい青年が、なぜ第二のストア派学頭になったのか。現代の私たちは他人の評価に怯え、漠然とした不安を抱えがち。
クレアンテスの生涯にはそんな現代の悩みを解決するヒントが隠されている。過酷な労働が哲学を深めた秘密と、運命を受け入れら食を断つ壮絶な最期を見ていく。
もくじ
クレアンテスが貫いたゼノンへの忠誠と観察眼

アテナイへやってきた一人の屈強な青年。彼がいかにして哲学と出会い、そしてゼノンの後継者たる「第二の学頭」の座を手にしたのか。
まずは哲学との出会いから、貧しい生活の中で師の教えを愚直に守り抜き、確固たる地位を築くまでの軌跡を振り返ってみよう。
ゼノンの教えを愚直に守り抜く
クレアンテスは、現在のトルコにあたるアッソスの生まれ。元々はボクサーで、生活は貧しくアテナイにやってきたときにはたった4ドラクマしか持っていなかった。筋肉質の体を持ち、哲学のイメージからは遠い人物。
そんな彼を変えたのが、哲学との出会いだった。最初はキュニコス派のクラテスの講義を聴き、その後にストア派の祖・ゼノンの講義を聴いたところから彼の人生は動き始める。
クレアンテスはゼノンの教えに極めて忠実で、熱心に師事した。19年間ゼノンに学び、没後およそ30年にわたってストア派の学頭を務め上げた。
当時のアテナイはアカデメイア派やエピクロス派などがライバルで、哲学者たちが様々な学派に転向していた。
ゼノンの弟子であった「アラトス」や「ディオニュシオス」といった人物も、長くストア派にとどまることはなかった。そんな中、彼1人だけがゼノンの立場を守った。
貧しい生活から第二の学頭へ
けれども、ただ長く居座り講義を聞くだけなら、クレアンテスが第二の学頭となることはなかったはず。彼はゼノンの言葉だけでなく、その生き方に目を向けた。隠れた部分も見抜き、師が自分の定めた原則の通りに生きているか否かを鋭く観察していた。
ただ、クレアンテスの生活は決して裕福ではなく、筆記用具を買う金すらなかった。そこで彼はゼノンの講義を陶器の破片や牛の肩甲骨に書き込んだとされている。のちに後継者となるクリュシッポスもわずかなもので生計を立てていたが、彼はさらにわずかなもので済ませていたという。
その実直さがゼノンに認められ、数多くの弟子の中から彼が後を継ぐことになり、第二の学頭となった。
クレアンテスの苦労と逆境:苦難から得た哲学への道

こうして輝かしい地位を得た彼だが、そこに至るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。学問の才能に恵まれないし、日々の生活も厳しかった。それでも苦労を美徳とし日々学び続けていた。
昼は哲学の議論、夜は水汲み労働
クレアンテスは第二の学頭となったが、決して学問の才能があったわけではない。
学びの遅い人物で、才能を持っているというよりはむしろノロマに近かった。
けれども、それをカバーするほどの「苦労をいとわないメンタル」を持つ。学ぶことから逃げたり怠けたりしない。
それを象徴するのが、彼の二重生活。
現代で言うところのダブルワークをこなす日々だった。生活が貧しいため、昼は哲学の議論で己を鍛え、夜は水くみの力仕事に精を出した。その泥臭い様子を見て、周りからは「井戸から汲み上げる人(プレアントレス)」と呼ばれたほど。たぶん「クレアンテス」にかけたのだと思う。
クレアンテスから学ぶ労働のあり方
便利すぎる生活が、かえって人の疲労を招き生産性を下げている。これが現代の罠。 デスクワークなどで頭ばかりを使い、現代人は「脳疲労」を起こしやすい。
クレアンテスは日中に議論で頭を使い、夜は水汲みの力仕事という、二重の生活を送っていた。一見すると過酷なこのサイクル。しかし、ここには思いがけない効果が潜む。 夜の肉体労働が、昼の議論を脳内で整理していたという科学的な視点。 体を動かすことで、彼は脳の疲労をうまく取り除いていたと考えられる。
現代人が、彼のような水汲みをする必要はない。たまにちょっとした苦労を入れてみる。 たとえばaiに質問してすぐに回答を得るのではなく、あえて本や実体験として知識を蓄積する。いつもは家事を便利家電にやらせていることを自分でやってみる。その小さな負荷が、ヒントやひらめきを与えてくれるかもしれない。
自分の欠点をずらし他人の攻撃を無効化する
水汲みと哲学へ必死に励んだけども、学びが遅いため、他人から笑われることも多く「ロバ」とからかわれた。けれども「ゼノンに荷物を運ぶことができるのは自分だけだ」と鮮やかに言い返した。また、臆病者だと非難された時も「だからこそ私は過ちを犯すことが少ないのだ」といった。
こうした他人の悪口を肯定することによって相手の言い分を無効化していた。他人からの攻撃に振り回されないクレアンテスは、自らの欠点を強力な武器に変えた。
欠点をそのまま不幸と捉えるのではなく、視点をずらし「良い面」を見出す姿勢はゼノンの思想を受け継いでいる。
クレアンテスの晩年と哲学:最期まで自然に従って生きる

過酷な逆境が磨き上げた、泥臭くも力強い哲学。 師ゼノンの思想をいかに深め、自らの運命を引き受ける覚悟を決めたのか。 生への執着を捨て去り、自ら食を断って迎えた最期の姿を追う。
初期ストア派の「自然に従って生きる」思想
ゼノンは、生きる目的を「調和しつつ生きること」と定めた。 しかしクレアンテスは述語が短いとし「自然本性に調和しつつ生きること」と再定義。 さらに弟子のクリュシッポスは、「自然によって起こる事柄の経験に従って生きること」へと発展させた。
ゼノン、クレアンテス、クリュシッポス。3人に共通するのは「幸福とは生が滞らない状態」といった。 だからこそ彼らは「もし快楽が目的ならば、人に思考力が与えられているのは不幸だ」と語った。
他者の評価を切り捨てた彼が、絶対的に服従したもの。それが運命。
「私を導きたまえ、ゼウスよ。そして我が運命よ。汝らが命じ、定めた場所へ私は臆せず従おう。たとえ嫌がり、悪しき者になろうとも、結局は従うことになるのだから」
エピクテトス『人生談義(下)』(國方栄二訳、岩波文庫)「要録」第53章
逃れられない運命なら、抗わずに自ら進んで受け入れる。この思想は後のニーチェに影響を与えた。
クレアンテスの最期:食を断ち生への執着を捨てる
運命を受け入れた彼の最期もまた、見事なものだった。 クレアンテスの死について、2つのエピソードが残されている。
1つは、唇の腫れ物を機に断食を始めたという説。 友人に勧められ一度は食事をとるも、彼らの求めに応じたのち再び食を断ち、生涯を終えたという。
もう2つ目は、歯茎の炎症によるもの。 医者の指示で2日間の断食をすると症状が改善。しかし医者が食事の再開を許しても彼は拒否し、そのまま断食を続けて師ゼノンと同じ年齢で世を去ったという説。
どちらの説にも共通する事実。 それは、死の間際でさえ生に執着せず、決して卑屈にならなかったこと。 執着をすべて手放し、潔くこの世を去った。
今が辛いあなたへ送るクレアンテスからのエール

運命を受け入れ、執着を捨てて世を去った彼の言葉や生き様は、現代を生きる私たちの人生戦略としても大いに役立つ。
孤独や困難に直面したとき、哲学をどう日々の生活に応用し、自らの支えとしていくべきか、具体的な実践方法を提示しよう。
独自の慰め方:悲嘆は役に立たない最高に愚かなことという教え
クレアンテスは慰める人のただ一つの義務は「それは全く悪いことではないよ、と教えることである」と言った。またキケロ『トゥスクルム荘対談集』にも、クレアンテスと同じ思想が記録として残されている。
1つ目は、起きた出来事は決して悪くない、あるいは取るに足らない小さな問題だと教えること。 2つ目は、悲しみが死や喪失ならば、人間である以上避けられない共通の宿命だと論じること。 3つ目は、嘆いても現実は変わらない以上、悲嘆に暮れるのは無意味で最高に愚かな行為だと諭すこと。
キケロ『キケロー選集 12』木村健治・岩谷智訳、岩波書店、2002年、第3巻より内容を要約)
ただ相手の感情に寄り添い、同情するのではない。 嘆きそのものではなく、悲しみを増幅させる「思い込みや愚かさ」を根本から取り除き、理性的なアプローチで慰める。これこそが、ストア派の深い優しさ。
最善の生き方:迷った時に偉人を具現化して力を借りる効果
他者の愚かさを取り去るだけでなく、彼自身が他者に寄り添う実践的なアドバイスも残している。クレアンテスに友人がどうしたら誤りを犯さないようにできるかと尋ねたとき「君が何かを行う時にはいつも私がそばにいると思えば」と答えた。
人生に迷ったとき、孤独で誰にも頼ることができないときがある。そんなときこそ、迷わず過去の偉人に頼ればいい。目の前にはいないけど、本を開くと偉人の思想が、力を借してくれる。
「クレアンテスならどうするか、ゼノンならこの困難にどう立ち向かうか。」
といった具合に、偉人たちの精神が強力な心の支えとなってくれる。
クレアンテスの名言5選
クレアンテスが残した力強い言葉。
現代で他者の評価に振り回されない、本質的な名言を厳選した。
彼らしい、他者の評価や欲望に惑わされない生き様が滲み出ている。
まとめ:クレアンテスが現代に教える泥臭くも力強い哲学
今回はクレアンテスの生涯について解説した。まとめは以下の通り。
彼のような泥臭く、しかし誰よりも力強い生き方は並じゃない。他人の噂や世間の評価に振り回されず、自らの定めた哲学を静かに貫き通す。今日からでも決して遅くはない。迷ったときは、自分の中にクレアンテスや偉人を呼び覚まそう。
そして、クレアンテスの後を継ぎ、ストア派をさらに盤石なものへと完成させた「第二のストア派創設者」がいる。
それが、クリュシッポス。
クリュシッポスの波乱万丈な生涯と、あまりにも奇妙な「笑い死に」の最期については、以下の記事で詳しく解説している。

