
クレタ島のゴルティンにあるアポロン神域で、450匹以上のネズミの骨が発見された。
この調査は2026年7月半ばにイタリアの考古学者により発掘が行われ、8月半ばに終了。
研究者たちはネズミが精巧な陶器や、儀礼品と埋葬されていることからアポロン・スミンテウス信仰を示すと考えている。
もくじ
クレタ島のアポロン神殿跡から、450匹のネズミの骨を発見!

ギリシャのクレタ島にある古代都市ゴルテュン。ここのアポロン神域から、450体を超えるネズミの骨が見つかった。
骨は精巧な陶器や、奉納品といっしょに、1つの穴に埋められていた。これは意図的に集められ、埋葬されたとみられる。
ギリシャの神殿で、これほどの規模の動物埋葬が見つかった例はこれまでにない。
発掘は2026年7月19日から8月14日にかけて、イタリアを中心とする国際調査チームによって行われた。
これほどの数のネズミが埋められていたのは、アポロン・スミンテウス信仰があったのではないかと考えられている。
アポロン・スミンテウスとは

聞き慣れないが、由来は単純で「ネズミのアポロン」という名前。古代ギリシャ語で「スミンテウス」は「ネズミ」を意味する。
アポロン・スミンテウスは畑を荒らすネズミを一掃することもできれば、逆にネズミを放って、疫病をもたらす。守護神であり、災いをもたらす神でもある。
ネズミによる作物被害と、ネズミが媒介する疫病。医療が未発達で、農業社会の古代ギリシャにとっては脅威だったはず。しかし今回の発掘により、クレタ島ではその2面性を持つ神が、必要とされていたことが明らかになった。
この信仰の物証は、これまで現在のトロアス地方のクリュセ(現在のトルコ)に集中していた。クレタ島に伝承はあったけれど、長らく物証がなかった。
文献が伝えてきた「作り話」
この名前が最も古い文献に現れるのは、ホメロスの『イリアス』第1歌。トロイ側の神官クリュセスは、ギリシャ軍に娘を捕虜として奪われてしまう。
ギリシャの総大将アガメムノンに娘を返してもらえなかった仕返しに、アポロン・スミンテウスに祈りを捧げ、ギリシャ軍に疫病を蔓延させる場面。
ホメロスは紀元前9世紀〜8世紀の人物とされているため、そのころからアポロンの異名として存在していた。
古代ローマ時代の地理学者ストラボンによると小アジアの各地に、「スミンテウス」の名を持つ土地がいくつもあり、この神を讃える祭りが催されていたという。
ストラボンは、アポロンが生き物にちなんだ異名を持つ例が、他にもあることも記している。
日本人からすると響きはかっこいいが、中身はバッタやカビである。ストラボンとローマの文人アイリアノスはこの信仰の起源はクレタ人にあると記している。
いわく、クレタ人が植民地を求めてトロアスのハマクシトス(クリュセスがアポロンに祈った場所の近く)へとやってきた。土地を求めてアポロンに神託を伺うと、「大地の子らが戦いを仕掛けてくる場所に、町を立てよ」との返答があった。
あるときネズミの大群が、盾のヒモと弓の弦を一晩で食い荒らした。武器を失い、防戦できないクレタ人は、これこそ神託だと解釈。彼らはハマクシトスに定住し、アポロン・スミンテウスの神殿を建てた。
また他の説では麦をかみちぎり、種をまいた人々の収穫は台無しになった。困り果てた住民がデルフォイに神託を伺うと、アポロン・スミンテウスに生贄を捧げよとの答えが出た。お告げに従うと、ネズミの害を免れ、いつも通りに小麦を収穫できたという。
またアイリアノスによると、ハマクシトスの住民は、ネズミを崇拝することから、自分たちの祀るアポロンを「スミントスのアポロン」と呼んだ。
神殿ではよく慣れたネズミが公費で養われ、祭壇の下には白いネズミが巣を営み、アポロンの鼎(かなえ)のそばにもネズミが立っていたという。
こうした話を、研究者たちは長らく、後世の作り話として退けてきた。クレタ島に、それを裏づける物証が1つもなかったからである。
同じ聖域にいた2人のアポロン

クレタ島のゴルテュンの聖域では、従来「アポロン・ピュティオス」が祀られていた。清めや予言、都市の創建と結びつくアポロンの姿である。
今回の発見により、同じ聖域の中から、農耕の守護者としての「アポロン・スミンテウス」を祀った跡が見つかった。2神が同じ時代に並んでいたのか、まだ分かっていない。
古代ギリシャでは、1神がいくつもの顔を持ち、役割ごとにちがう呼び名で祀られることがある。
たとえばアテネのアクロポリスでは、同じ女神アテナが「ポリアス(都市の)」と「ニケ(勝利の)」という別々の名で祀られていた。神のちがう顔が、同じ丘の上に並んでいたのだ。
日本とギリシャのちがい
前7世紀の日本は縄文時代の終わりごろ。名前を持つ神を崇拝していた痕跡は見つかっておらず、祈りに使われたと考えられる土偶や石棒からは、自然に霊的な力を認めるアニミズムの姿がうかがえる。
ゴルテュンの神々は、このころすでに名前と役割を持ち、文字によって記録されていた。日本で神々が名前を持って文字に記されるのは、この1350年ほど後『古事記』(712年)を待つことになる。 日本は祈りを土に残し、ギリシャは言葉と神の名を文字に残した。
その文字が、アポロン・スミンテウス信仰を思わせるものだった。ストラボンとアイリアノスが記した「起源はクレタ人にある」という伝承は、作り話とされてきたが、今回の発見は、その伝承にようやく追いついた物証といえる。
参考文献
- イリアス 上 ホメロス/著 松平 千秋/訳
- ギリシア・ローマ世界地誌 1・2 ストラボン/著 飯尾 都人/訳
- 動物奇譚集 2 アイリアノス/著 中務 哲郎/訳
- ギリシア記 パウサニアス/著 飯尾 都人/訳
- 古代ギリシャのリアル 藤村 シシン/著
- ギリシア神話 上巻 ロバート・グレーヴス/著 高杉 一郎/訳
- ギリシア神話 フェリックス・ギラン/著 中島 健/訳
- Archaeology Magazine
(https://archaeology.org/news/2026/08/11/mouse-bones-unearthed-at-sanctuary-of-apollo-on-crete/) - AncientOrigins
(https://www.ancient-origins.net/news-history-archaeology/450-buried-mice-point-unknown-cult-00103073) - GreekReporter
(https://greekreporter.com/2026/08/10/450-buried-mice-found-in-cretan-sanctuary-point-to-ancient-mouse-cult/)